昭和のころ、この場所で熱く燃える青春物語が繰り広げられていました

目黒区下目黒2-17-17

この住所で昭和のある時期、熱き女の戦いが繰り広げられていました。

それは、昭和を象徴するよな暑苦しいほどの青春…。

 

と、なんだか変にノスタルジックになってしまいましたが、今回は超上級問題にして、東京だからと言ってもいい歴史問題です。
さて、この場所に昔存在したモノ(建物)は何でしょう。

 

 

 

 全日本女子プロレスの道場兼事務所

 

目黒は、昭和格闘技生誕の地

目黒には、今回紹介した全日本女子プロレスだけでなく、1970年代(昭和40年代後半から昭和50年代前半)、真空飛びヒザ蹴りで一世を風靡した沢村忠の所属した、キックボクシングの目黒ジムなどもあり、まさに昭和の格闘技ブームを産み出した街と言えます。

特に、全日本女子プロレスは、女の子が「戦う女性の姿」に憧れるという、新しいカタチのアイドル像を作り出した、時代を象徴する団体でした。

マッハ文朱ビューティーペアクラッシュギャルズと、次々とスター選手を輩出し、最盛期には両国国技館や横浜アリーナを満員にし、はては東京ドーム(平成に入ってからですが…)で興行を打つほどの観客動員を誇った、一大ムーブメントを巻き起こした女子プロレス団体。

それが全日本女子プロレスであり、その道場兼事務所があったのがこの場所なんです。

とはいえ、そんな昔のことを覚えているのは、お父さんお母さん世代以上の方でしょうから、その頃のことについては、コラム「バブルが壊した少女たちの夢 -全日本女子プロレス跡地-」で詳しく紹介したいと思います。

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